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30 avril

371wa 間違い?


昨日の朝方に気持ち良く寝ていると・・・・


枕元に置いてあった携帯が鳴りだした。

滅多に鳴らない携帯電話でこんな朝から急用なことか、それとも休日なだけに約束を忘れたしまったのか・・・・・
朝の冴えない頭の中で考えていた。

しかし電話番号を見ても知らない番号であった。

 

このままほっといて急ぎならまた連絡があるし、留守電にメッセージが残るだろうと思いしばらく布団の中で携帯とにらめっこ♪

案の定、留守電のメッセージが残り、聞いてみると「おばちゃんの所に電話がないからおにいちゃんに連絡した・・・」
う~ん間違えか・・・・(=_=)

しかし兄ちゃんの携帯番号なら登録しているだろうし
これからこの人からず~っとお兄ちゃん呼ばわりされるのかな~(笑)


 

 

以前にも携帯の留守電に「◎×さんを呼んでいただきたいのですが・・・」とあったけど本人の携帯なのだからそのメッセージは可笑しいだろう!と思ったことを思い出した。

 

最近は、電話番号の登録機能があるので間違い電話も珍しくなってきましたね(@_@;)


『楽屋から火を出す』

【内部から騒動が起こること、自分から災いを引き起こすこと
のたとえ】

あの人がいるところはいつも騒がしいとか、いつも怪我をするのはあの人だな~と言う人が自分の周りにもいます(笑)
事故を起こさないように気をつけてほしいです(`´)





28 avril

370wa G.W直前

ETCが相変わらず手に入らないポン太です。
当然、遠出できませんと言うより旅行に行ったばかりなので
ポンタロウと遊んでいそうです^^


明日は「昭和の日」ということで祝日です。
以前は、124代昭和天皇のお誕生日でしたね♪

この125代までず~っと男帝の天皇が続いてきましたが,この先どうなるか難しい問題が残っています。

日本の象徴としてこれからも続いて行く信仰ともいえますね(`´)

 



そ~言えば56代清和天皇からでた新羅三郎義光が源氏の総大将です。
源頼朝や武田信玄などもこの血筋です。

当然、徳川家康も源氏なのですが、松平郷に家康の始祖がやってきて婿入りしているので怪しいですね(笑)


 

『病上手は死に下手』

【病気にかかりやすい人は案外長生きをすることをいう。】

病気になりやすい人はいつも病院に行って診察や検診を行っているけど逆に元気な人は病院などにもいかないので病気が発見されたときには手遅れの場合が多いらしいです。
健康でも定期健診などは必要ですね♪



27 avril

369wa 鳥居強右衛門(スネウエモン)

先日ようやく『風は山河より』(著者:宮城谷昌光)という本を読み終えることができました。

今回の旅行と偶然に重なった歴史の案内人とも言える本でした。

 


決してふざけた旗ではないのです(笑)

武田信玄の後を継いだ勝頼は長篠城を包囲し、没落寸前となった。
そこで長篠城から抜け出して、鳥居強右衛門は岡崎にいる徳川家康に救援を求めに行った。

岡崎城についた強右衛門はすぐさま家康と織田信長に現状を報告するや援軍が起つことの約束を取り付けて再び長篠城に戻る時に武田軍に捕まってしまった。

 


武田軍は、助命として長篠城内の兵に「援軍きたらず」と叫ぶことを条件として城の前に立たされた。

そこで鳥居強右衛門は約束を守らずに「援軍はすぐそこまで来ている」と叫んだ。


その時に磔にされた様子である。

そして殺され三河武士の英雄としてこんにちまで語り継がれているみたいです。

この時代も後世まで語られる名誉ある死が少なくないですね。


今回の旅行もかなりマニアックな地味なものでしたが自分としては内容の濃く深いものでした(`´)


23 avril

368wa 常習犯

毎日ポンタロウも花を見ながらまったり生活を送っているのですが
だんだんと暖かくなってきたせいか日々の活動が活発になってきました。


このヤル気ない柵から脱走するようになってきました。
足は短いのですが走ったら人間より速いので追いつけません(>_<)

 

そろそろこの日光浴場も閉鎖の方向に進んでいます^^

八重桜かな?

 

おまけ

旅行に行った時にお祭りがあり花火をやっていました。
花火の筒を持っている人は女性の方らしいです。

広場ではかなりの迫力がありましたが動画にするとイマイチ(+o+)

  
  (音注意)

 

『人には言わぬが我言うな』

【秘密を守るには、まず自分自身がうっかり口をすべらさないよう
にしなければならない。】

最近では、情報漏洩などは特に気をつけなければいけませんね
何気ない一言が命取りになりますね。


22 avril

367wa 大樹寺

この大樹寺というお寺は、前回の話にも出てきましたが徳川家康公の菩提寺として知られているところです。


観光客もあれ・・・・・ほとんどいません!
数えるだけです。

時間帯が悪かったということにしておきます(*^_^*)

 


この後ろを見ると山門がありその門の先の直線状には岡崎城を眺めることができます。
距離にして3kmぐらいあったかな~


 

桶狭間の合戦により今川義元が討たれ、徳川家康や家臣達はこのお寺でこの先の事を考えていました。

家臣がこの寺から岡崎城を守城していた今川軍が引き揚げていく姿を確認するや徳川軍は空城を拾いに行きました(^o^)

 

お寺の中は・・・


金色の看板が二つ柱についていました。

厭離穢土(おんりえど)欣求浄土(ごんぐじょうど)

この言葉は、徳川家康公の馬印としても使われていました。
意味としては、
「今の世の中を一掃して新たな天下を作る」

この言葉をマニフェストとして戦国時代を戦ってきました。

 



 奥には松平家一門のお墓がありました。


手前が家康公そして隣が広忠公(父)その隣が清康公(祖父)
そして一番奥に始祖の親氏公と全部で9つ 

みなさん安らかに眠っておられました。

 

ここに立っているだけでもかなりの威圧感がありました(`´)




21 avril

366wa 岡崎城

前回からの続きになりますが・・・・

松平清康(家康の祖父)がこの地に城を移して岡崎城と称することに
なりました。


1542年12月26日にこの岡崎城で誕生しました。


誕生の際に前回の松平郷の井戸から水を竹筒に詰めて産湯に用いたことが記録されています。


松平郷の産湯の井戸

 

家康は、6歳の時に織田家に人質になり信長と兄弟関係の基礎を築きあげます。のちの織田・徳川同盟も想像できますね~

 

 

そして8歳の時に今川家の人質として少年時代を過ごしていきます。


また場違いな銅像がありました(笑)

 

1560年の桶狭間で織田軍vs.今川軍の合戦が行われ圧倒的有利と言われていた今川軍が倒れました。


そして総崩れとなった今川軍は駿河に引き返していきますが、徳川家康と家臣達はこの岡崎城のそばにある徳川家の菩提寺である大樹寺に身を潜めます。


今川義元が戦死したため岡崎城を守っていた家臣達も一斉に駿河に戻り、空になった城をそのまま徳川家康と家臣達が入城してこの岡崎の地にやっとの思いで帰りざいたことになります。

このとき家康19歳!


そして強豪な織田、武田、今川に囲まれながら天下統一の基礎を固めていきます・・・・・・・・

 

 

 

おまけ1


またもや銅像です!

前回の浜松城にいた家康の像は若かったけど、岡崎城にいたのは少し貫禄が出てきました。

 


 

おまけ2

1570年にこの城を嫡男信康を岡崎城主に置きますが、織田信長の命令によって1579年に自刃させられます。
このとき使用された仲介人の刀も「村正」だったと言われています。
まさに徳川家にとっての妖刀ですね(;一_一)


19 avril

365wa 松平郷

徳川家康公の祖父:松平清康や父:松平広忠のことまでは著書にでて
きますが、今回は松平家の始祖にまでさかのぼってきました。


                                      豊田市 松平郷

 

家康から数えて8代前(14世紀後半)徳阿弥と名乗る僧が諸国を
行脚して松平郷へやってきたと伝えられています。

 

松平郷で松平太郎左衛門家の婿として家を継ぎ親氏と名乗り徳川家康
の祖先がここから始まります。


始祖:松平親氏の銅像


ちょっと場違いの銅像で外観が損なっています(笑)

本当にもったいないとポン太は思いました。

 

2代泰親と3代信光で西三河の大半を治めていくことに成功して、その後は三河全域まで勢力を拡大して家康の祖父:清康が尾張へ進出を始めた頃に家臣から刺殺されて総崩れになっていきます。

 ちなみに父の広忠も家臣に村正という刀(清康の刺殺時と同じ)で刺殺されます。
徳川家にとってはこの村正は妖刀とされ家康に排除されていきます。

 

松平家が生き延びていくためには家康の人質は避けられなかったのがわかります。

 


                 松平郷:水芭蕉


                       高月院

高月院は、松平家の菩提寺として明治維新まで時の将軍家から
厚い保護を受けていました。


山門や本堂は1641年徳川家光により建てられたものとされています。


 

 
                      松平東照宮

 

東照宮は日光東照宮と久能山東照宮と見てきましたが、ここは落ち着いた雰囲気の建物になっていました。

やはりこうでないといけないですね♪

 


松平東照宮の朱印

 


 


この前日と前々日は春祭りが行われていたらしく海外からの
取材もあったらしいです。
(家康の命日が4月17日なので直前の土・日らしい)

 

 



始祖の親氏は僧として諸国を回ってきたということは、源氏の血を引いていたのか歴史上でも疑問が残っています。
そこは、永遠の謎ですね♪

今度は桜の満開時かお祭りの時に訪れたいと思います(`´)

          (愛知県豊田市 松平郷館 パンフ一部参照)



18 avril

364wa 長篠の戦い

武田の家督を継いだ勝頼公ですが戦は強かったです。

戦が強かったがゆえに戦により滅んだということになりました。

執着すればそのもので身を滅ぼすことはよくある話(`´)


長篠城痕

この長篠の戦いは、武田軍vs織田・徳川の連合です。
この戦以降に戦い方が変わっていきました。

 

今までや槍や刀での戦いでしたが、この戦から鉄砲が主流に用いら
れるようになっていったらしい。

不利な地形で鉄砲などの武器により武田軍はかなりの死傷者を出し
敗北しました。

 

 

 

 

これより負け戦が続き、織田・徳川の追撃などを受けてついに山梨県の天目山で武田勝頼公とその家臣達は自害します。

 

 


これにより甲斐武田の時代が終わりました(+o+)

 
 

以前に山梨に行った時のものです。 (音が出ますので注意)

 

『学問に王道なし』

【学問には、直ちに修得できるような特別な方法などという
ものはない。学問に近道なし。】

学問に限らす一芸を身につけるにも時間が必要ですね。
近い道はあると思いますが、近道はダメですね(`´)


17 avril

363wa 野田城

これで浜松を後にした武田軍です。
まだ京に登る途中には野田城の菅沼定盈がいます。


         野田城

ほとんど森と化している場所で
なかなか見つからずに焦りました。

 

このお城は武田軍が1ヶ月を用いてようやく落ちたお城です。
武田信玄公にとっても最後の戦いにもなります。

 

こののち信玄公の持病が悪化して甲斐の国に帰る途中で息を引きとる
事になります。

俗説では月夜に笛の音を聞いている時に鉄砲で討たれたとも言われて
いますが・・・(笑)

 


信玄は「喪は3年間服す。」と遺言していたような~

信玄の代役として弟の武田信廉が良く似ているということで
黒澤明監督の有名な映画の一つとして「影武者」があります♪


 戦国時代の巨星の一人が堕ちました。

 

こののち嫡男の武田勝頼が家督を継ぎますが、長篠の戦いを皮切りに
負け続けて終焉を迎えることになります。

 

 

家康公を見に行ったのに武田方に道がそれてしまった(@_@;)


『五歩の詩』

【早作りの詩。また機敏な受け答えの事をいう。中国の史青は、五歩
歩く間に詩を作ったという故事から。】

いついかなる時も素早い受け答えが必要な時があります。
自分の考えを言葉にして表すには慣れも必要だし常に磨いておくべきですね♪


16 avril

362wa 三方ヶ原古戦場 犀が崖(さいががけ)

相変わらず戦が続いています~(^o^)
徳川軍は戦場を後にして浜松城にやっとの思いで帰城してきました。


その徳川軍の追撃をするためにやってきた武田軍です。

その武田軍になんとか一矢を向けたい徳川軍は、地理に
不案内な武田軍に夜襲を行いました。

そして見事に崖に武田軍が落ちて行きます。


現在は13m位の深さですが、当時は90m(五十間)と示されて
いました。
落ちたら命がなさそうでした(>_<)

 

さすがに三河衆ですね!
戦に負けても心は折れていないのがわかります^^

 

 

 


しかしその点は、武田軍も同じでした(^o^)

あの世からの復讐戦が始まります・・・・

この事件があった翌々年以降にこの崖から夜更けになると人や
馬の鳴き声や、付近の人達も怪我や病気に見舞われ、飢饉なども
起こったらしいです。


 

それを鎮める為に僧侶をまねいたり太鼓を叩いたりしたらしいです。
この「たたり」を鎮めるために始まったのが「遠州大念仏」であり
その由来はここからきているみたいです♪・♪♪・・


ポン太も「たたり」を鎮めるために15分間のビデオを
資料館で見せていただきました。

 

 

怨念とかは残っているような気がしますね~('_')


気分転換に!

 

『親が死んでも食休み』

【どんな場合でも食後の休息は大切だということ。続けて
「千服吸っても立ち煙草」ともいう。】

食後の休憩は必要ですね。
お昼に15分ぐらい仮眠をとると元気ハツラツになりますが
なかなかまったりできないのが現状ですね(`´)



15 avril

361wa 浜松城


  現3代目  家康公鎧掛松(よろいがけのまつ)

昨日の戦場からやっとのことで浜松城まで逃げ帰ってきた
家康公ですが城にはすぐに入らずに門のそばにあった
この松の所で鎧を脱ぎ始めたらしいです。


その鎧をこの松にかけて一休みしていたらしいです。


旅行からの帰宅の際に見慣れた景色を見た時にほっとするのと
同じでしょうね♪


                     浜松城

家康公と言えば岡崎城であったり、江戸のイメージもあるのですが
実はこの浜松城に29~45歳の16年間滞在していました。
ここで天下を盗る為の構想を描いていたのではないでしょうか^^



ここにゆかりができた人は出世するらしく出世城とも
呼ばれたらしいです。

 

ポン太も今後の出世に期待したいです(笑)



お城自体はいかにも作りもので迫力に欠けましたが、桜が良い感じで
散り始めていました('_')



花見をしている人達も多くまったりしていました♪


                若い頃の家康公


『血気盛りに神祟らず』

【血気盛んなときには、たとえ道にはずれたことをしても、天運
に恵まれて威勢がよい。】

家康公も幼少期は織田家と今川家の人質として生活して、天下まで
盗れるとなるとよほど天運に恵まれていた気がします。
通常であれば人質として人生を終えて行くことも少なくないです!
若いころから苦労すべきなのかな~(`´)



360wa 三方ヶ原の戦い

三方ヶ原の戦場跡地を見てきました。
と言っても大きな霊園になっていてただ石碑が立っているだけです。
実際の場所も定かではなくこの辺りだろうというものらしいです。


どんな戦いだったかと言うと・・・・

武田信玄が京の都に上洛するために途中の徳川軍と衝突した場所です。

そして徳川家康が唯一敗北した戦いでした。

 

徳川家康が命からがら浜松城に逃げ込む途中にうん●を漏らしてしまったと言うのは有名な話です。

その負けた時の表情を画師に描かして、この時のことを忘れない
ように心に刻んだらしいです。

 

 

その時の絵は今も厳重に保管されているらしく滅多に見ることが
できないみたいですw

 

                    続くかも・・・・


少し見ない間にポンタロウハウスもすっきりしました。
しかし今日のように雨が降っている時は少し寒いかもしれないです。

 

『咽元思案』

【浅薄な考えのこと。】

自分の浅はかさに倒れることがあります。
もっとしっかり計画を立てておけば良かったとあとで後悔します(=_=)


14 avril

359wa 帰還


                        岡崎城

2泊3日の旅行で無事帰還してきました。

桜も見事に散り出して松平家の桜吹雪をしかと見てきました。
遠山の金さんはいませんでしたが、近い血縁の方達を見ることが
できました(*^^)v

 

 

今回もマニアックな所を訪問してきたので少しずつ紹介させて下さい。
嫌がらずに(^o^)

 


                松平郷 水芭蕉

桜吹雪が舞い落ちています。
水の中をよく見るとメダカ達が元気に泳いでいました(`´)

 

 

かなり睡魔が襲ってきましたのでダウンですzzz


10 avril

358wa 旅

昨年の今頃から趣味に読書家を加えました(^o^)
山岡荘八氏の徳川家康から始まり歴史小説ファンに化しています。



この本は、三河武士の強さや不器用な生き方や
家康の爺ちゃんやその三河の人間模様,家康の三方ヶ原の
戦いで武田信玄の激突、そして野田菅沼の最後の踏ん張りまで
描かれています。

 

武田信玄ファンとしても読みごたえがありました。

 

 

 

 

そうだ!
ETCついてないけど三河に行ってこよう~(^o^)

三河でデジカメを持って怪しい人がいたらポン太かもしれません^^


 宮城谷昌光作 風は山河より 全5巻
実はまだ3巻までしか読み終えていません(>_<)
全巻読破しての三河入りを目標にしていましたが残念!


100円投げないと動かなくなりました( 一一)

『蚤の夫婦』

【妻のほうが夫より大きい夫婦のこと。蚤は雌が雄よりも大きい
ことから。】

最近の男子は草食化しているらしく女子の方が肉食化であるらしい。
ふざけた話だなと聞いていたけど、ポンタも肉より野菜の方が
多く食べている~(+o+)
まんざらでもないのか~!




9 avril

357wa 春だね~

もうすっかり桜も満開になり春に浸っています♪
今日も一日暖かく気持ち良い日でした。


そんななか、すでに鯉のぼりです^^


よく見ると網の上で焼かれている魚にも見えます♪

電線や電話線そして光ケーブルが張り巡らされているなか
鯉のぼりもストレスを感じながら苦しそうに泳いでいます。

最近は鯉のぼりを見る機会も減ってきました。


ポン太も幼少期に一度だけ庭に鯉のぼりをがあがっていた
のを覚えていますが、それっきりです( 一一)

 

 

この苦しい世の中、頑張って泳いでいってほしいものですね♪
(見方によって、清々しくも泳いでいました(^o^))


『市に虎あり』

【一人の人が、町に虎がいると言っても信じる者は少ないが、大勢の人が言えば本当と思える。根拠のない事でも、多くの人が言えば信じるようになるというたとえ】

一人なら疑うけど三人から言われると信じたくなる心境はありますね!
ひとつ間違えると社会的に洗脳されそうで怖いですね( 一一)
自分の観察力と洞察力で判断できる力を持っておきたいものです。




7 avril

356wa 予約待ち

ETCの設置により週末の高速道路の料金が安くなるということで
ようやく重い腰を上げたポン太です。


ポン太の古い車にもETCをつけようとカー用品店に行ってみた。
どこかな~と店内を歩いていると
なんと「只今在庫切れ! 入手予約待ち」と言うことなのです(`´)

 

人間の心理として無いと言われるとどうしても欲しくなってしまう!


今回は助成制度などもあり高速をよく利用する人達は
ETCの設置を検討したい思うけど・・・


肝心のETCの本体がないとは本末転倒です(+o+)
なぜ本体を十分に用意していないのか不思議♪

 


 

枝の上で寝ていた食客の猫です(=^・^=)
カメラを向けていたら逃げ出してしまいました。
昼寝の邪魔だったらしい♪


『上見ぬ鷲』

【鷲は他の鳥を恐れず、上空から襲われることを用心しない。
何者も恐る必要のない地位。また悠然としたさまをたとえていう。】

最近は、殿さま商売をしている所もあまり見かけなくなりました。
先行きが不安なだけに威張っている暇がないですね(+o+)


6 avril

355wa 清明

桜花爛漫にして、天地万物が清明の気に満ちあふれてきます。

昨日あたりから桜も満開に咲き乱れてきました。

犬を連れてカメラを持っている人達も見かけました。
この人達もブログを作っていそうと思いながら見ていました(笑)


 

面白い花を発見!


 

ポンタロウと散歩をしていましたが、少し疲れ気味です。
ダウンしてヘトヘトです。
寒い時期は良く散歩しますが、暑い時期は動かなくなってきます。


『目の正月』

【「正月」が年間を通してもっとも楽しい時であることから、美しい物、珍しい物などを見て楽しむこと。「目正月」とも。】

子供の頃のお正月は、本当に楽しいひと時でした。
たくさんの親戚が集まったり、お年玉をもらったりとワクワクしていましたが、最近は寝正月になってきてます。
ちょっとポン太には死語に近いかな~(^o^)



5 avril

354wa 春の準備

ここは林ではありません。

ポン太家で成長した木々であります。
もの凄い勢いで日本の緑にも貢献していましたが
今日は一日植木屋さんの手伝いをしてさっぱり切ってしまいました。
2t x3台のトラック分ぐらい枝を切られた(^o^)

 

実のところ、この木があった為に夏はクーラーも入れずに涼しい
そよ風が入ってきたことは確かです♪
そして小鳥たちも休んでいたような気もします^^

 

いろいろあって難しい世の中ですね(^o^)


ポン太家の庭にも桜が咲き始めました。
でもこの木から7輪だけです(>_<)

愛情も少なくまだ小さい木なので仕方ないのですが
大きくなって木の下で花見ができるまで応援したいと思います^^




2 avril

353wa ちょっとその前に

昨夜は、雷がなっていてふと自分の耳を疑いました。
天候が荒れていました。


1月の下旬から2月の上旬に咲いていた梅です。


 

先日、枝に注目してみるともう既に実がなり始めていました。
今まで全く気にしていなかったのでこんな早く実がつき出すのか
と関心しました。


 

この実が夏ぐらいまで成長して収穫します。

するとこれが梅酒になったり、梅干しに変身いたします。

 


この自家製梅干し・・・

1個食べると酸っぱいです。

2個食べると胃が口から出てきそうになります。

3個で死亡フラグが立ちます。
  なので一回に3個はまだ食べた事がありません(>_<)

長持ちさせるために塩分多めですが常識を超えているので
焼酎のお湯割りにこの梅干しを落としと調度良い位です。

 

 

出来れば梅酒に変身してほしいかな~


『蓮華の水に在るが如し』

【蓮の花が泥水の中で清らかに咲いているように、世間の汚れに
染まらず清らかさを保っていること。】


昨日から新社会人が飛び立ったわけですが、学生時代とは違って
世の中が見えてくると思います。
自分の目標通り頑張っていってください(`´)



1 avril

352wa エープリルフール

今日から新年度になりましたね~

昨年の10月頃の話では定額給付金がもらえるのは年末だと
思っていましたが、事務手続き上年度末という話でした。
実際にいつもらえるのかな~


先日、鍋割山の鍋割荘の鍋焼き うどんを食べに行ったのですが
時間が遅かったのか山荘が閉まっていました。

食べたかったうどんです。(以前の撮影)


鍋焼きうどん980円 山価格にしては安いのかな~
ちなみにお水2ℓ500円 500ml 300円です♪

   

 

    鍋割荘(HPです)


この山小屋は、マスターが山の下から木材などを運んで作った
らしいです。
当時は100kg位は背よって登ってきたらしいです。
その時の写真を見ると驚きです♪

 

 

ポン太も当然登山の時はボランティアで水を運びます。
これがなかなか運動不足解消になります。
(本当はバテテしまい途中で捨てちゃおうかと思った事もあります(笑))


 



 

   

 
    

『商人は木の葉も錦に飾る』

【腕の良い商人は、つまらない品物でも、飾り立てて立派なもの
のように思わせるものだ。】

お店の中で見ているとほしくなって購入してしまうが、自宅で
後悔する商品がありますね!

高価な箱に詰められていたりすると騙されてしまう事もある(;一_一)